| コーヒーブレイク(1)・・・私の夏景色 | ああ | |
| 2005.07.25 | ||
| 今年も暑い夏が来た。 夏が来〜れば想い出す〜≠ニ歌えば、遥かな尾瀬〜遠〜い空〜≠ニなり、炎天下も忘れ、下界とは全く別天地の大変清々しい景色を描かれる方も多いと思う。 ところが、私にとって夏が来〜れば想い出す〜≠ニ来れば、決まって物凄い、とんでもない、夢にも有り得ない光影の事で、「お化けでも見たのかい?」と言われれば、「う〜む」と唸ったきりで、あながちそれを否定すら出来ないのである。 本当にあんな事があったのだろうか? あったさ。本当に? 本当だとも≠ニ、つい自問自答を繰り返してしまう位なのだ。もう二度と見る事はない光影だろうと解っているからこそ、あれから32年もの間、ずっと夏が来れば想い出す≠フである。 そのときの私は17歳の少年として、この光影の真っ只中に居たのだが、この光影を伝えるのに一番解りやすい方法があるので、それを試みる事にする。 鳥になった私の実況中継にどうかおつきあい願いたい。 時に昭和48年、7月中の頃。所は宇都宮市西川田町上空に飛ぶ。 「現場の橋本です。時計は現在日が変わって午前2時を差しております。地上に眼をやると、真夜中の闇の中で、何やら人影が動いている様です。よく見ると、県営野球場のチケット売り場を先頭に、一列に並んだ寝袋の中から、大きく背伸びをしている人が何人も見えます。左後方の広々とした駐車場には、既に満車の札が立ちました。先程の人の列は、球場に沿って、あっと言う間に長く伸びつつあります。駐車場から伸びた車のヘッドライトは、とうとう球場に続く幹線道路の左車線に帯を作り始めた模様です。」 第55回全国高等学校野球選手権栃木大会の一回戦が行われるこの日は、曇り空ではあったが、午前5時前の陽の出と共にその全容を明るみに出した。 実況を続ける 「チケット売場から始まった人の列は、現在、球場を一重、二重と回り、丸三周をしてから、その最後尾はずっと西にある私鉄の駅前を経由して、2km先の県道にある様です。車の方は、幹線道路から国道4号線を既に南下し、隣町にまで列をなし、停滞のまま動きません。ナンバ−プレートからは、全国の名前が読み取れます。球場の周りには、どうしたら入場出来るのか不安そうな表情の人達がどっと押し寄せ、あたかも野球場が、担がれた神輿の様な状況です。大会関係者や警察官に詰め寄る人達の騒ぎから発せられる熱気は、既に早朝である事すら忘れさせるテンションに昇っています。おっと、大声を出して、警官に掴みかかる人も居ます。確か開門は午前8時。まだ3時間もあります。」 このパニックをおさめられる方法は唯一つ。誰が考えても開門をしてしまう他はないのであった。三たび実況に戻る。 「おっと人が動き始めました。どうやら開門をした様子です。何と言う事でしょうか。試合の始まる4時間前の開門など、高校野球では聞いた事がありません。全速力で人が入場していきます。ああ、大変です。チケットを持ってない人まで入ろうとし、係員とつばぜり合いをしています。警官が来て対応に当たっていますが、押し問答を繰り返しているだけです。見る見るうちに、球場が人で埋まって行きます。外野フェンスに、人がへばりついています。内外野共にもう入場は無理です。何と球場が動いています!」 球場の外ではスピーカーを持ったたくさんの役員が、怪訝そうに謝りながら満員札止めを連呼している。並んでいた人の列は、ほどけた代わりに球場を幾重にも取り巻き、どっかと座ったきり動かない。車の方に眼をやると、何台ものパトカーが車列と逆走しながら、一台一台のドライバーに帰宅を促している。遠方のドライバーだろう、憤懣やる方なくクラクションを鳴らし続けていた。 さて、球場に眼を移して、最後の中継をさせて頂く。 「入場出来た人達はほっとしたのでしょうか。それとも、隣の人とくっついてしまっているせいか、イライラしているのでしょうか。今度は、「早く試合を始めろ!」と無体な事を叫んでいます。この人達には外の様子が全く解っていないのでしょう。対戦チームも応援団ももみくちゃにされたきり、球場に入る事が出来ません。係員が人垣を作って、やっと引っぱり入れた模様です。宇都宮市上空より、橋本がお伝え致しました。」 この騒ぎの火付け役となった一人の高校球児の事は、あらためて記させて頂きたいと思っている。ここでは、全国の野球ファンが延べ5日間に渡り一地方に押し寄せて熱狂を繰り返した、ひと夏の光影を忠実に記したかった。 ところで、お目当ての試合内容には中継を必要としない。何故なら、その球児が21奪三振、公式戦通算10回目のノーヒットノーランを何事もなかったかの様に記録に残しただけだからである。彼のその平然さが、あの夏の光影をより一層鮮明にさせてしまうのである。もし、もう一度見る事が出来るとしたなら、そう、あの夏から、まだ32年しか経っていないと思った方がいいのかもしれない。 彼の名前は、江川卓と言った.....。 |
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