~ 第10節 コーヒーブレイク・3     
 … 珍道中アラカルト・カイマクル編 ~


 トルコの旅行中、キノコの様な奇岩が、無数に林立するギョレメの中でも、
絶景ポイントがあると聞いて、私はひざまで雪に埋もれながら、
道なき道を登って行った。

 『 オッ、オーーッ, なるほどぉ、これは絶景だわい。同じ地球とは思えん。』

 氷点下の気温と足元からの容赦ない冷気に襲われながらも、
私は安物のコートごと背中を丸めて、目の前の悠久の時間に相槌を打っていた。
すると下の方から、頭の上に直径70㎝はあろうか、大きなアルミのお盆を
乗せた、男の子が何か言いながら近づいてくる。

 「 パン...  パン... 」
『 なにぃ?... パン!? 』

よく見ると、お盆の上にはドーナツパンが、ゆうに30個は乗っている。
寒さに空腹を重ねる事ほど、身体に悪いことはない。

 『 うーむ、おやつに丁度いいか...、一個くれ...、ハウマッチ? 』と私は
指を一本立てた。
 「 フォーサウザンド 」と、少年は指を4つ立てる。
 『うっ?...、4000...リラ...か 』

金額の桁の多さには随分なれたとはいえ、貧乏人はここでまた換算する。

" 1円が360トルコリラだから、11円て~とこだな。 "と安心し、
気持ちよく4000リラを払って、お盆の上に積まれたドーナツパンに手を伸ばし
早々にパクついた。
あっという間に胃に納めた私を見て、ニヤニヤしていた少年が、
今度は指を1本立てた。

" う~む、もう一つ、いかがってことだな...。
こいつはガキだが、相手が何を考えているか察しがつく、根っからの商売人だ。 "

と、一瞬いぶかったが...、
" まあいいか、腹のどこに納まったのか解らないし、どうせ安いし... "
 『 オッケイ、ワンスモア・プリーズ 』と言って、少年の頭上に手を伸ばし、
再び私がパクついていると...、

 「 ...僕は、学校に行かずに働いている...、妹を学校に行かせたいのだが...、
  ランドセルを買ってあげられない...。」てなことを言ってきた。
 " ははぁ、来やがった...。その手にのるか...。"

 世界を旅すると、どこに行っても日本人が置き忘れて来た、
〝 相手にとって好都合の善意〝 に遭遇し、大変面食らうのだが、ここは
 『 ノー・サンキュウ! 』と言って、私は来た道を勝手に下った。
しかし、背中から
 「 イエス・サンキュウ・プリーズ... プリーズ...。 」と、
甲高い声が追ってくる。
 『 ノー・サンキュウ 』 「 イエス・サンキュウ 」と、しばらく掛け合いを
繰り返すのだが、敵は中々しぶとい。

今後の日本人の為にも、ここは心を鬼にして、私は振り返るなり、奇岩群に
響き渡る様な大声で、
 『 ノーー ッ? ...... サン ッ? ...キュウ ッ?!... 。』

 すると、少年のつぶらな瞳から、見たこともない様な大粒の涙がポロポロ...。

 ......参ったぁ......。


 数秒後、私は大きな紙袋を小脇に抱え、少年はお盆を小脇に抱え、
泣きべそは完全に逆転したのだった。

 洞窟に生きた子孫の一人が、あの少年かも知れないと思えば、感傷代としての
350円は安かろうと思えたのだが、それからしばらくの間、ドーナツを見ると
食欲が失せたことは言うまでもない...。
 テレビにギョレメが紹介されるたびに、キノコの岩が大きな輪っかをかけて
いる様に見えるのは、このせいかも知れない......。