~ 第19節 私のベスト3・2    
             … 仏像編 ~


 仏像は、釈迦の教えを具体的に身近なものにする為の装置として、
広く日本人に受け入れられてきた...と、思っている。

 そのお陰で、私も今まで沢山の仏像を拝見出来た。
いや、仏教の教えからは『 仏像にお会い出来た 』...と言うのが正しいだろうか。
どの仏像にもいわれがあるし、ありがたい存在なのに、好きなベスト3などと
言って記すなど、大変おこがましい限りだ。
ばちが当たっても仕方がない。
 しかし、好き嫌いは教えにあらず、理屈ではないのでお許しを願う。

 私が仏像にお会いする時、必ず想うことがある。

歴史に〝 もし... 〟はないのだが、遥かいにしえの飛鳥の時代、もし蘇我氏が
物部氏に負けていたら、日本にこの仏像文化はなかったかも知れない。
そう想うと自分の周りの〝 当たり前 〟が、怖くなる位、違う物になってくる。
だから、少なくとも過去の歴史は自分の中に面々と生きている。
勿論、未来の歴史を創るのも自分だ。

 そんなことを想いながらいつも合掌している。
 


  ではベスト3...まず第3位から記す。

 【金光明四天王教王護国寺秘密伝法院】という長~い名前が正式名称の寺。
...そうだ、京都いこう...の大伽藍、東寺。
お寺好きの方なら誰もが行かれたであろうこの高名な寺の講堂には、
空海が仏教の世界を立体的に表現した〝 立体曼荼羅 〟として、
21体の仏像がある。
その圧倒的空間にある数々の国宝に控えしその中で、
向かって一番左に鎮座するは、私の理想の極致、
同じく国宝【 帝釈天部半跏像 】である。

 なんという頼り甲斐のあるお姿...、なんという凛々しいお顔。
包容力のなんというオーラよ。
仏像のお役目とはいえ、嫉妬を超えてこんなに惚れ惚れする男子がいようか...。
同じ性に生まれてしまった自分を恨みたくなる...。

 私の机に置かれた小さな額の中から、いつも語りかけて来る。
〝 俺の様になってみなさい...なれないなら俺を見続けなさい ...それがお前の
宿命だと思いなさい 〟

 私も囁き返す。
『 男子であるべき何事を...そのお姿に、その教えに沿ってまいりとう存じます 』

≪理想≫をいつも思う...。そんな≪羅針盤≫が有ってもいいのではないか...。



  次にベスト3...第2位

 これも京都は太秦、【 広隆寺 】の霊宝館の中に静かにたたずむ国宝第1号、
【 弥勒菩薩半跏思惟像 】
教科書の常連、それこそ日本人の誰もが知る、誰もが癒しを感じる仏像だ。
その名の通りこの地を収めた秦氏の氏寺として、
古くから信仰を注がれて来た寺。
そして、これほど生の、しかも国宝の仏像に近づけ拝観出来るのも、実は珍しい。

 私は、辛くなると彼女に会いに行く。
女性かどうかは知らない...が、彼女と決めて今までに5回会いに行っている。
 不肖私も建築家のはしくれ、京都には150回くらい足を運んでいる。
どれほどJR東海に貢献したか...などとふと思い、頭を抱えるのだが...。
その中での5回のデートが多いか少ないかは解らない。
ただ、彼女に会いに行くときは決まって自分が辛い時だ。
だから、デートとは呼べないかも知れない。
 だが、これも決まって彼女に癒されて帰るから、いいデートをしたと思うのだ。
人間同士にはない、そんな無言のデートが私にはある。


 どこかこわばった顔の私が向かう。
『 あー また来てしまいましたよ...貴女には何でも言えるものですから... 』
 
 うつむく彼女が私の気配を拾う。
〝 お待ち申し上げておりました...私には微笑むことしか出来ませぬが 
お会い出来ますことが続けば それが何よりのことかと... 〟

 床脇の壁に掛けられた額の中の微笑みで、1日位の苦なら難なく暮れて行く。

≪慈悲≫を時々いただく...。そんな≪休憩室≫が有ってもいいのではないか...。



  いよいよベスト3...第1位

 京都府よりも滋賀県のほうが、断然お寺が多いことをご存知だろうか...。
京都府はざっと3,000に対して、滋賀県は約4,000もあるのだ。
特に琵琶湖の北、湖北地方と呼ばれる地域には、地元の人々から愛され
身近に守られてきた寺の中に、とても美しい仏像が多い。
そんな中に私の最も敬愛するこの仏像がある。

 【 向源寺 】は滋賀県長浜市高月町渡岸寺というところにあるため、別名
渡岸寺とも呼ばれる。
全くもって静かなこの町の人々を、国宝の【 十一面観世音菩薩立像 】が
見つめている。

 私は、この仏像に出会った時の衝撃が忘れられない。
切なく、しかし支えられ、哀しく、しかし安堵に包まれて...。
この時だけは盗難者の気持ちが良く解った。

 この複雑にして愛おしく、有り難い気持ちはどこから湧いてくるのだろう...。

 お隣の大観光地、京都で仏像を見る時の、何か浮つくような気持ちがないのだ。
二人きりで時間と空間を共有し、心の中のあらゆる祈りと自然体で向き合える。
そうなると ゛祈り ゛がまとっていた衣も消えてなくなり、裸の゛祈り ゛が
仏像との距離を縮める。
そしてこの仏像の真骨頂が現れる。

 人間の苦に向かう表情が、何面もある...。
しなやかな動きのあるお身体が、癒しの水瓶を持つ...。
何と一番身近な父が、母が、そこにいる。
 父の無言の励まし。母の無償の愛。
それらが一体の像に、全て兼ね備えられているのだ。
自分の中に湧き出る全ての感情を、この仏像は受け止めてくれる。
私は気がつくと、独りでつぶやく世界に居た。

 何でもそうだ...独りでつぶやくようになってこそ、自分と本当に向き合える。
海外で孤独の旅をしている時、気が付くと自分を鼓舞する独り言を発している。
そんな時、自分の本当の感性が湧き出て来るのだ。
その感性を得る為にこそ旅に出る。

『 いつか死んだら貴方のもとに行きたいです 仏と向き合う衆人の為にある
仏となってみたいです それまで 現世の建築家をさせて頂いても
宜しいでしょうか 』

 そこにある父と母が共に語る。
〝 建築に許される建築家たれよ 捧げる事を現世から学べよ 
ならば待たらん 〟

 狭い自室の壁に掲げられた大きな額は、まるでこの部屋の主の様だ。

≪甲斐性≫を生み出していく...そんな≪渡し船≫が有っても
いいのではないか...。


 先に記した様に、大変勝手な嗜好でベスト3なるものを選出したが、
脳裏に浮かんだ仏像は沢山あるので、その一部を列記しておきたい。
まだお会い出来てない方は、是非々...是非に。

東京都
 【五百羅漢寺・ラゴラ尊者坐像 】
 
神奈川県
 【 東慶寺・水月観世音菩薩半跏像 】
 
滋賀県
 【 鶏足寺・魚籃観世音菩薩立像 】

奈良県
 【 法隆寺・救世観世音菩薩立像 】
 【 薬師寺・聖観世音菩薩立像 】
 【 円成寺・大日如来坐像 】
 【 興福寺・阿修羅立像 , 仏頭 】
 【 中宮寺・弥勒菩薩半跏思惟像 】
 【 東大寺・広目天部立像 】
 【 法華寺・十一面観世音菩薩立像 】
 【 新薬師寺・伐折羅(バサラ)神大将立像 】
 【 聖林寺・十一面観世音菩薩立像 】
 【 室生寺・如意輪観世音菩薩坐像 】
 【 飛鳥寺・釈迦如来坐像 】

京都府
 【 清涼寺・釈迦如来立像 】 
 【 禅林寺・阿弥陀如来立像 】
 【 浄瑠璃寺・伎芸天部立像 】
 【 六波羅蜜寺・空也上人立像 】
 【 法界寺・阿弥陀如来坐像 】
 【 西往寺・宝誌和尚立像 】

大阪府
 【 観心寺・如意輪観世音菩薩坐像 】
 【 葛井寺・千手観世音菩薩坐像 】
 【 道明寺・十一面観世音菩薩立像 】
 【 野中寺・弥勒菩薩半跏思惟像 】