~ 第4節 コーヒーブレイク・1     
    … 珍道中アラカルト・ソウル編 ~


 ゛ あー、腹へった...、晩飯にしよう...。゛と、店を探した。
日本語でメニューが書かれているようなレストランは、高くてマズイ。
これは旅の常識だ。
少なくとも、本当の現地料理ではない。
ここは何としても、現地人相手の、安くてうまいレストラン...、
もっと正確に言えば、大衆食堂に突入だ。...と、ここまでは良い。

 当然、テーブルにはメニューが置いてあるのだが、ハングル語を
まるで他の星の記号としか理解してない私には、用をなさない。
そこで店のオバチャンを呼び、現地人が楽しそうに食している各テーブルを
一緒にめぐって、

 『 これとぉ...、あれとぉ... 』と、料理を指さして注文することにあいなった。

 人の迷惑かえりみず、外国旅行ではよくあることだ。...と、勿論ここまでも
良しとしよう。

 この国は日本の様な ゛ 割りばし文化 ゛ではない事くらいは知っていたが、
箸立ての中には沢山の箸が立ててあったので、これをひょいと2本抜いた。
すると、何と鉛のような箸。

 ゛ところ変われば品変わる ゛とはこの事だ。
 ゛ふむ、ふむ、この国は箸を洗い使いするのだな...。゛と、
 ここまでも良かった。

 ほどなく料理が来たので、この箸を使ったのだが、料理とお口とを
往復させるには、箸がやたらと長~くて、とっても重~い。
 ゛ははぁ、韓国人はキムチ、焼肉大好き民族として、我が大和民族に
スタミナで勝る理由は、この重い箸で鍛えているせいだな...゛と、この辺の
発想から、正規のレールを外れだした。

 韓国人も大陸系民族なので、大きな声で話しながら食事をしているのだが、
どうも店の空気が変だ。
周りの人達が、怪訝な顔で私を見ては、妙に小声でささやいている。
 ゛何だよその眼は?...、日韓友好が遠のくぞ! ゛と、こちらも高飛車に
無視し、食べにくさにイライラしながら、バクバク食べ続けた。
そんな私に店のオバチャンが近づき、笑いながら
 
 「 〇×△□※...ニダ。 △〇※×□...セヨ。」

 つまりこういう事だった。
料理を小皿に取り分けるのに、この長い鉛の箸を使い、小皿からお口へは
スプーンか、目の前の短い鉛の箸で食べるのだ。
もう一度周りの人達を渡すと、ご飯もスープも、そんな風にして食べている。
そこで ゛ 郷に入れば郷に従え ゛が旅の常識とわきまえる私は、日韓友好の
旗を心に掲げ直し、口元の長く重い箸をテーブルにそっと置いた。
店内の空気も大陸系にもどって、私はやっとレストランの、いや大衆食堂の
正客となったのだった。

 それにしても、とても安くて、とんでもなく旨かった。
言葉が通じなくても、ふくれたお腹をさすれば、世界人類共通の至福の時だ。
店を出た私は、
『 旅の恥はかき捨て... 』と一人、悦につぶやいてハッとした。
゛うん? 今、俺は何と言って店を出て来た...? ゛

『 カムサハムニダ(ありがとう) 』と、『 アンニョンハセヨ(こんにちは) 』
この二つだけをしゃにむに脳みそに叩き込んで、自慢げに連発して来たのだら、
間違う筈はない...、筈はない...よな、うん? ないよな...。
しかし、耳に残っていた残響は...、店に入る時と確かにおんなじ
゛ アンニョン... ゛

 ここに及んで、若き大和民族の矜持は、無残に砕け落ちたのだった。
 
ネオンがやたら鈍く瞬く中、二件目が写らず、うなだれ、肩を落としたまま、
 『 カムサハムニダ、カムサハムニダ... 』と、
つぶやきを変えて歩き続けた日本人がいたことを、あのオバチャンは知らない。