~ 第8節 コーヒーブレイク・2
  …珍道中アラカルト・イスタンブール編 ~

 
 その国、その街、その人々を知る為には、お天道さまの高いうちに、
いつもよりも瞳をカッと見開いて、ゆっくりと足が、そう、棒になるまで街中を
歩かなければならない事は言うまでもない。

 そしてもう一つ、お天道さまが沈んでいるうちに、しっかりとやらねば
ならない事もあるのだ。


 ガラタ橋から見る夕日は事のほか美しい。
数々のモスクをシルエットに変えてくれるからだ。
しかし、本で見る旅と、その場に立つ実際の旅とは余りに大きな違いがあって、
その事は独立一年目、アメリカへのライト(第1章参照)の旅で経験し、強烈な
落とし穴として、私は貴重な学習をさせられていた。
 すなわち写真にはない ゛音 ゛である。
行ってみた者にしか解らない、落水荘の中に響き渡る、余りにもわずらわしい
大きな滝の音。
゛これはない...これはまずい... ゛
 美しい写真に、きちんと音をかぶせられる人が、本物の旅行者だと教えられた。
尚言えば、ここに ゛匂い ゛を感じられるようなら、もうそれは旅の達人である。

 ガラタ橋の上も、車の往来がハンパじゃない。けたたましい音と排気ガス。
よく見るとトルコ人は、過度のアクセルと鳴らし続けるクラクションを、
まぁ同時に使いきるのである。日本人からすると神業と言っていい。
この゛音と匂い ゛を何故もっと想定できなかったか...。

゛まあいい...そう簡単には旅の達人にはなれないさ...。゛と一人
ため息をついて見た夕暮れが少々淋しくもあり、気温もめっきり下がってきた。
゛ここは体を温め、ウキウキ気分にしなければ... 。゛

 そう ?、ベリーダンス ? ...しかないよな。
見たかった、見たかった、見たかったんだよ ?

それらしい看板を頼りに、しかし下心を見透かされないよう哲学者の顔をして
早速店内に。

 女性の肉体の柔らかさ...なんとなまめかしい。
カスタネットを打つ音は、誘惑の声にすら聞こえてくる。

 日本人は、世界中どこに行っても静かな優等生だが、スペイン人などが
夜の店に入ればその途端、彼らの為の店と化す。
踊り子も盛り上がるほうに、多大なサービスをするのが人情。
餌を横取りされたサルの様に、遠のいていく踊り子を見ていても、
腹がたつだけだ。
どこまで日本人は、要領が悪く、損をする国民なのだろう。

 『え~い!、食うぞぉ~。』
 ここでもそうだ。ウエイターを呼んで、一緒に他の食事中のテーブルを回り
『 これとぉ...、あれとぉ...。』と、旅の常識に走る。

 そうだ!、ケバブだ。
トルコとくれば、羊肉の料理として〇〇ケバブ、〇〇ケバブとやたらケバブが
多い。それもその筈で、どれを食べても間違いなく旨~い。
ついでに言えば、フライにした魚料理のバリエーションとボリュームも凄い。
ビールと一緒にこれらをひたすら流し込めば、遠のく踊り子など
ふんっ、目に入らなくなる。

 しかし問題は...そう、ここでも ゛音 ゛だ。
私にとって無関係になった踊り子が妖艶さを増せば、ターキーの打楽器は、
いっそう鳴りやむ筈もない。
店内の照明も怪しく彩ってくれば、スペイン人たちは、まるでここが闘牛場で
あるかのように、奇声を発する。
 やっぱりクヤシィ~。
 チクショー!、写真で見た ゛ベリーダンス ゛は静かで良かったなぁ。
2番目の踊り子と、一度だけ目が合った事で十分楽しんだ事にした私は、
ホテルに帰ることにした。

 『 ハウ、マッチ? 』
 「 〇〇〇〇〇レッラ 」
『 ...?、ワンスモア... 』
 らちのあかぬ東洋人に、業を煮やしたレジの女の子は、レシートの数字を
面倒くさそうに私に見せた。
 :2,160,000 TL:
 丸が4つ以上の数字を苦手とする私は、それをゆっくりと指で追った。
『 一、十、百...、  なっ、なに! 216万...リラ!? 』
何とボッタクリの店に入ってしまったのか...とたじろいだ。
酔った体に嫌な感じの緊張感が走る。
女の子の後ろにいるであろう、こわもてにして怪力の大男をうかがったのだが、
しかしどうもそんな様子がない。
疲れすぎて夢でも見ているのかとお腹を叩いたら、油ぎった ゛ゲップ ゛が
出て来た。

 ハタと思い出した。
1円が360トルコリラである事を...。
私の財布には、空港で換金された50万リラ紙幣が、山ほど入っていた事を...。
ということは、6千円位か...。
合点がいって、全身の力がフゥ~と抜けた。

 初めて膨らみを覚えた私の財布を眺め、今まで持ったことのない不安を知る。
この夜を境に私の全神経は、いつ、いかなる時も財布の安全を保障する
ポケットに注がれ続ける事にあいなった。

あ~いやだ...貧乏人はいやだぁ‼